佐世保銃乱射事件とキリスト教
佐世保で銃を乱射して8人を死傷させて自殺した馬込という人物は幼児洗礼を受けたキリスト者で、自分が洗礼を受けたカトリック船越教会の敷地内で自殺したとのことです。
なんともやりきれない思いがします。
2年前のやはり12月に、日本最大のキリスト教主義大学である同志社大学の学生だった塾講師が、塾の生徒を計画的に殺害したときも同校OBである僕は心底がっかりしました。
クリスマス前にこんな話題を取り上げるのは実に不本意ですが、これも現実に起こったことですからコメントしない訳にはゆきません。
まず指摘しなければならないことは、一般の日本人にとってキリスト教は異質であるとの概念があるために、ことさらキリスト教関係者が事件を起こすとキリスト教に対して非難がわき起こるのですが、それでは、そのほかの凶悪犯罪を起こした犯人が、一般的な日本人として法事仏教・葬式仏教の仏教徒であったとすれば、仏教に対して非難が起こるかどうかを考える必要があります。
この場合は仏教に対して全く非難は起こらないでしょう。
なぜなら、仏教と凶悪事件とは関係ないことが誰でも分かるからです。
それでは今回の佐世保の事件や2年前の塾講師事件がキリスト教と関係があるかといえば、これも実際にはまったく関係ありません。
キリスト教は、オウムのような反社会的で危険なカルト宗教ではないので、犯行を行った人物の動機にキリスト教が何らかの影響を与えたとは一切考えられないからです。
それよりも、彼らは、キリスト教の根本的な教えである隣人愛を完全に裏切る行為を行ったわけですから、非キリスト者よりも反キリスト教的な人間であると言えます。つまり、彼らは、今年の漢字にもなった「偽」のキリスト者なのです。
そう考えると、キリストの教えを守って神に祈り平和と愛の実践に努めている大多数のキリスト者は、今回の事件についてあまり自虐的に考える必要は一切無いでしょう。
しかし、犯行を起こした彼らの自己中心主義、すなわち人間の原罪と精神的な弱さについてはこれをきっかけに改めて深く考える必要があります。
また、キリスト者はお互いに、神とキリストのもとにおいて兄弟姉妹の関係を築いているわけですから、いかに出来の悪い者でも、いわゆる「身内」の起こした事件として、キリスト者は、殺された方々、傷ついた方々の魂の平安を祈ることが何より大事であると思うのです。
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コメント
こんにちは☆
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てか、私自身はそのような報道に接してもキリスト教を異端視しているように感じたことがありません。
むしろそこにあるのは記者の「信仰を持つ人がなぜ?」といった視点ではないでしょうか。
なぜなら日本の仏教徒(?)の大部分は信仰を持たないからです☆
投稿: ヒロシ | 2008年9月14日 (日) 13時27分