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2008年12月

年の瀬の餅つき会

 昨日は実家の持ちつき会でした。

 毎年、29日に行う行事でしたが、今年は不景気の影響で仕事収めが早かったため、すこし繰り上げて日曜日に行われたのです。

 実家は大工さん。職人さんがあつまって、かわるがわる餅をつきます。ボクも2度ほどつきましたが、2度目はヘタれて、途中で職人さんに代わっていただきました。

 餅米は2、3斗あったでしょうか。朝8時から夕方5時頃まで、ビールを飲み、雑談しながらつきつづけました。

 昨日は競馬の有馬記念があり、携帯で馬券を買える仕組みを利用している職人さんもいたので、午後までは皆何に賭けるか、皆が勝つような話に盛り上がっていましたが、2着に大穴が出たために、結局みんなすってしまい、夕方は少し気落ちをしていました。

 今年、日にちが変わったために、昨年まで毎年来ていただいた方々には欠席者もいて、少しさびしかったのですが、この会だけしか顔を合わさない方も来られて、それなりに楽しい会でした。

 世の中は不景気で、実家のその風を受けているけれど、そんな話をクヨクヨしてもしょうがないから、皆だれもそんな話はしません。

 こんな行事の中を行う中で、小さな幸せを感じ取ることが大切、そして、それに参加できたことが幸せ、ボクはそう感じていました。

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サンタクロースの風貌の原点

 昨日、テレビ番組を見ていたら、明治初年に、今の女子学院で日本最初に開催されたクリスマスパーティに登場したサンタクロースは、裃姿の武士の格好をしていたと説明されていました。そのパーティの主催者に、サンタクロースは思い切り日本風にしよう、という意図があったようです。

 裃姿のサンタクロースなどなんとも可笑しい話ですが、現在スタンダードになっている赤い服に白いひげのサンタクロースの風貌は、クレメント・クラーク・ムーアの詩に登場してから有名になりました。

 1823年の12月23日にニューヨークのセンティネルという新聞紙上に発表された「セント・ニコラウスの訪問」という詩に描かれたものです。

 この詩は、発表当時は作者が不明でしたが、その後、コロンビア大学兼ゼネラル神学校の教授として知られたムーアが書いたことが明らかになったのです。

 この詩は、のちに「クリスマスの前の夜」というタイトルも付けられ、そのタイトルの方が有名になります。

 その詩をボクが全訳してご紹介しましょう。

*****

「セント・ニコラウスの訪問」(「クリスマスの前の夜」)

それはクリスマスの前の日の夜。
家じゅうひっそりして、生き物は、ネズミさえも、何も動かない。
セント・ニコラウスがすぐに来られるように願って、靴下が暖炉に注意深くぶら下げられている。
子どもたちはベッドに気持ち良く寝ていて、スヤスヤと寝息を立てている。夢の中では、砂糖菓子のボンボンが飛び回ってる。
ママはネッカチーフ、ボクはナイト・キャップを被って、冬の長い夜に眠りにつこうとしていた。
そのとき、芝生の外で、ガタガタ音がした。
何が起きたんだ?とボクはベッドを跳ね起き、稲光みたいにすぐに窓まで走って、よろい戸を開いて、窓枠を上げた。
新雪が積もった山の上の月が、真昼の輝きを辺りに与えている。
驚きの目を見張ったことには、そこに、ちっちゃなソリと、8頭のちっぽけなトナカイと、小さくて可愛く、動きの素早いおじいさんの御者が現れた。
ボクは、すぐに、聖ニックに間違いないとすぐに分かった。鷹よりも早くトナカイたちは駆け降りる。
ニックは、口笛を吹いて叫び、トナカイの名前を呼んだ。
「さあ、ダッシャー!今だ、ダンサー!
さあ、プランサー、ビクセン!
行け、コメット!行け、キューピッド!ダンダー、ブリッツェン?
玄関屋根のてっぺんだ!壁の頂上だ!
さあ、突進だ!どんどん行け!みんな突き進め!」
暴れまくるハリケーンの前の枯葉が吹き飛ぶように、障害物があると、彼らは空に飛び上がる。
そうやって、トナカイたちは家のてっぺんまで飛んだ、たくさんのオモチャとセント・ニコラウスを乗せたソリとともに。
そして、ほんの一瞬、屋根の上の方から音が聞こえた。小さなひずめが跳ね上がる音と、引っかく音を。
ボクが窓から首を引っ込めて振り向いたら、煙突から降りて、セント・ニコラウスが飛び込んできた。
頭から足まで 毛皮を着て、服は、灰やススでよごれていた。
オモチャの包みを背中から放り出して、彼は、荷物を広げる行商人のようだ。
彼の瞳は、なんてキラキラ輝いているのだろう!彼が浮かべるエクボはなんて陽気なんだろう!
彼の頬はバラのように生気があり、彼の鼻はサクランボのように丸い!
おどけた小さな口は弓なりに弧を描き、あごの髭は雪のように白い。
パイプの吸い口を歯で堅く噛んで、タバコの煙は、彼の頭を取り巻いて冠のようだ。
彼の顔は広くゆったりしていて、彼のお腹はちょっと丸くて、笑うとゼリーで一杯のお椀のように揺れる。 
彼は丸ぽちゃでふっくらしていて、愉快なおじいちゃんの妖精そのものだ。
彼を見たときボクは思わず笑ってしまった。
彼はウインクして頭を振ったので、すぐにボクは、怖がらなくてもよいと分かった。
彼は一言も話さず、すぐに仕事にとりかかり、全部の靴下をオモチャでいっぱいにすると、急に振り返って、鼻の横を指でなでて、ボクに会釈して、煙突を昇っていった。
彼はソリに飛び乗り、トナカイたちに口笛で合図した。
そして、彼らはみんな、アザミの綿毛みたいに遠くに飛び立った。
だけど、視界から消え去る前に、ボクは彼の大きな声が聞こえた。
「みんなに、メリークリスマス!そして、みんなに、おやすみなさい!」

*****

原文は下にあります

http://www.gutenberg.org/files/17382/17382-h/17382-h.htm 

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企業の役割って何?

 ソニーが正規従業員8千人を含む1万6千人を削減するとか、キャノン、日興コーディアル、日本アイビーエムなど、千人、万人単位で社員の首切りを行う大企業が出てきました。

 ソニーなどは、赤字でもないのになぜ削減するのでしょう?

 そもそも、企業とは何のために存続しているのでしょうか?

 従業員とはモノや手段ではなく、企業の主役なのであって、企業とは、まずなにより従業員の雇用を守り、雇用を拡大するために存続しているのです。

 大企業の中には、この企業存立の目的を大きく履き違えて、従業員ではない特定の利害関係者、つまり株主と経営者のために存続している企業があって、なんともむなしい気持ちがします。

 でも、これはなにも今にはじまったわけではありません。

 ここ数年、好景気といっても、従業員に見返りはありませんでした。主に恩恵を受けたのは、やっぱり株主とか経営者でした。

 先日のテレビ放送で、不動産ころがしをして資産が数億円になった、という胡散臭そうな人物が自慢げに登場し、それをうらやましげに紹介するレポーターが出ていました。こんなような「億万長者」が主に好景気の恩恵をこうむっていたのです。

 バブル崩壊後の「失われた10年」の間に「グローバルスタンダード」というアメリカ式の経営スタイルが蔓延していらい、従業員はずっと手段扱いされてきました。従業員はコストとされて、コスト削減の対象になってきたのです。

 ところが、昨年待つから、アメリカの経営スタイルが、金ころがし、不動産ころがしの手品であって、中身が空っぽであることが暴かれてしまいました。

 今も昔も無から金を生む「錬金術」は現実には成り立たないのです。

 「未曾有の世界的な大不況」といいながら、日本は影響が少ない、などとのんきなことを言う評論家がいますが、ボクはそうは思いません。

 日本の経済構造がアメリカ式変わってしまっているのだから、遅かれ早かれ、アメリカのような状況になるのではないか知らん。

 年末に首を切って、その人が歳を越えられなくなってもかまわない経営者が財界で主流になっているのが今の日本の状況です。

 その一方で、従業員の雇用を必死に守っている、目立たない昔堅気の経営者もたくさんいることをボクは知っています。

 せめて、失業者に炊き出しを提供するための活動を行っている救世軍の社会なべに「野口英雄」の肖像札を1枚でも多く入れたいと思います。

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焼さば寿司

 金曜日に上方へ日帰りで行った際、帰りの新幹線で食べるお弁当を新大阪駅の構内で探していたら、おみやげコーナー店頭で、優しそうなおばちゃんが、前を通り過ぎる人ひとりびとりに「いらっしゃいませ」と心のこもった挨拶をしていました。

 ボクも、そのおばちゃんの前を通り過ぎたのですが、その声が嬉しくて、「どうせ買うなら、こういうおばちゃんから買いたい」と思って立ち戻り、おばちゃんが売っていた「焼さば寿司」を買いました。値段は1050円と結構高いものでしたが、ご祝儀代わりに奮発したのです。

 その前夜、「県民」の面白い話をしていたテレビで、福井県の名産の焼きさばのことが話題になっていて、一度食べてみたいと思ったことも理由のひとつでした。

 買ってみると、この焼さば寿司も、福井の若狭の品。小浜の丸海さん(小浜海産物さん)の新作で、「焼さば寿司」の名も商標登録出願中とのこと。

 ふたを開けてラップをはがすと、ちょうどコッペパンくらいの大きさの寿司飯の上全体に、おいしそうな焼き色のついたさばの半身が乗っています。それがロールケーキのように、1.5センチくらいづつ輪切りに包丁が入れてありました。

 食べると、肉厚のさばの身が柔らかくてホクホクする歯ごたえで、なんともいえない美味。

 さばというと、関東では、サバの味噌煮だったり、しめ鯖だったりで、少し硬くて、酸味のあるような身の味を思っていたのですが、まったく違う味でした。

 福井県の方が大好きな理由がわかりました。

 「越前の名産、ここにあり」、満足の一品でした。

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