池田屋世紀乃大捕物(いけだや・せいきのおおとりもの)
またまた、太鼓がドドン、と鳴って、狂言回し・金春亭湯之助(こんぱるてい・ゆのすけ)が登場。
「とうざい(東西)、とうざい、本日の題目は池田屋世紀乃大捕物(いけだや・せいきのおおとりもの)でございまあす。
時は、元治元年の夏。京の都には諸国から怪しい浪人が集まり騒然としております。それを相手に都の治安維持を一手に引き受けてるのが、松平容保(まつだいらかたもり)・京都守護職お抱えの新撰組隊士たち。
数ヶ月前から、なにやら怪しい人物が頻繁に出入りしている四条木屋町の材木商・近江屋俊五郎の家を見張っておりましたが、近江屋の家から出てきた者をつけてゆくと、尾行を気にしながら、二条の長州屋敷の裏門に消えます。
「ややっ、これはますます怪しい」と、隊士たちが近江屋の家に踏み込みますと、武具や槍、鉄砲などを隠し持っておりました。
さっそく隊士たちは、壬生の屯所に近江屋を連れて行って尋問を始めます。」
第1幕 壬生 新撰組屯所 ときどき強風のために木々が唸る音が聞こえる。
長倉新八らが、近江屋を尋問している。
「ええいっ吐け、お前は何者だ。」
「・・・」
この怪しい手紙は何だ。長州藩の者とのやり取りに「この機会逃さず」とあるではないか。」
普通の尋問では口を割らない。
やむなく、近江屋を拷問にかけることになった。
隊士たちが近江屋の両手をしばって、その縄を梁に吊るし、近江屋が半分ぶら下がるような格好にさせた上に、竹刀で背中を打ちはじめた。
「手の竹刀ダコを見れば、お前が商人でないことは明白。えい、えい、吐け!」
痛いところを突かれた近江屋は「自分は浪人の古高俊太郎だ」と本名を名乗ったが、それ以外は一切口を割らない。
これは並大抵の拷問ではだめだ、と拷問もエスカレートしてゆく。
ささらで討ち、肉がとびちっても、それに塩水を掛けても、必死に苦痛に耐えている。
土方歳三が出てきて「やむを得ん。責任は俺が取るから、最後の手段を使うのだ。」と隊士に指示する。
皆、ちょっと嫌な顔をしたが、うなづいて、棚から、逆さ吊り用の綱と、足の裏に打ち込むための五寸釘と木槌、五寸釘に具える蝋燭を持ってきた。
それを見た古高の顔の全面が恐怖に引きつった。
半時ほどあと。古高は恐るべき計画を白状した。
それは、
○二週間先をめどに強風の夜、強の街に火を放ち、都を焼け野原にする。
○その騒ぎの中、宮中に上がるであろう中川宮と守護職を襲って暗殺。
○さらに、天皇を奪って長州の山口城へ連行し、一気に天下を乗っ取る。
というものだ。そのために、すでに、三条辺の宿屋に長州藩士や浪人三百名が潜伏していることも白状した。
当時、新撰組は病気や怪我の者が多く、動けるものは、近藤勇、土方歳三、沖田総司、長倉新八、藤堂平助、そのほか数える者しかいなかったが、近藤と土方は、
「古高が捕まったことは、すでに長州側に知れ渡っているだろう、連中としても、ぼやぼや出来ず、すぐに事を起こそうとするのではないか」
「もしかしたら今夜にでも起こるぞ。その前になんとしても捕らえるのだ」
「これは一刻を争う」
と話し合い、まず土方が一隊を率いて、市中を探査臆しながら、八坂神社下の祇園会所へ走る。
近藤もまた、沖田、長倉などを率いて出動。まず黒谷の守護職に取り急ぎ報告。守護職も驚いて各藩に厳重な警戒を通達した。
それから近藤の一隊も、市中に走り、片っ端から宿の中を調べに回った。
時はすでに夜。やがて、三条小橋北の池田屋という旅籠に、長州の藩士が密会しているらしいという連絡が入り、会津藩に応援の使いを出したあと、近藤、土方の各隊が池田屋に走った。
第2幕 三条 池田屋
新撰組は池田屋の前後を厳重に固めた上、会津藩の応援を待ったが、なかなか来ない。「このまま、ここにいる釘付けになっておれば、他所で変事が起こりかねない」
「やむをえん」
近藤は土方の顔を見てうなづいた後、池田屋の暖簾をくぐって
「宿改めである」
と怒鳴った。
池田屋の主人は、それに大いに驚いて、二階に走った。近藤、沖田、長岡、藤堂が囚人の後を追って二階に上がると、長州人や浪人二十人ほどが皆刀を抜いて構える。
「御用お改め、手向かい致すにおいては、容赦なく切り捨てる」
と一喝、皆恐れおののいて後ずさりするが、一人が近藤に向かって切りかかる、とその刹那、沖田がこれを切り倒す。
数名がこの隙に、と階下へ逃れ、近藤が「追え」と指図。沖田が追うが、そのとき大いに咳き込み、喀血して、戦線を離脱する。
表に逃げる一人を長倉が追い、袈裟懸けで一刀に切り捨てる。
便所に逃げ込む者には、板戸から刀を突いて串刺しにする。
藤堂は垣根際より長州人に切られ、目に血が入って見えず、刀も刃こぼれして切るに切られない。そこへ長倉が助太刀に入り、相手の腰に切り込もうと刀を伸ばす、とその刹那、逆に受け止められて切り込まれる。
長倉必死にこれを受けて相手と刀を交えていると、近藤が三度ばかり切り込みを受ける。長倉は、助太刀しようと向かうが、その間に長州人や浪人が大勢いてままならず、やっとの思いで、相手の肩先に切り込んで仕留め、近藤を助ける。
外では、池田屋前の三条小橋で隊士が決戦している間に、池田屋の主人が、縛られている長州人の縄を解いて逃がしている。これに気づいた原田左之助、逃げる相手を追いかけ、槍で突いて仕留める。
途中から守護職の会津藩、所司代の桑名藩、さらに彦根・松山・淀の各藩もこのテロ一味の逮捕に参戦したが、会津藩に即死五名、彦根藩に即死四名、桑名藩に即死二名、ほかの藩も死傷者を出す。
半時後、ようやく世紀の大捕り物は終わった。新撰組が召し取った者は二十三名、討ち取ったものは七名、そのために、沖田の刀はぼうし(切っ先)折れ、藤堂の刀はささらのごとくなった。
捕り物が終わると、新撰組の隊士はへとへとになり、屯所に帰ると酒も死んだように眠り込んだ。
彼等は文字通り体を張って都を守り、しばし京都に平安が訪れたのである。
池田屋世紀乃大捕物(いけだや・せいきのおおとりもの)、これにて幕でございます。
<ノート>
池田屋の戦闘状況は、長倉新八「浪士文久報告記事」によります。
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