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屋島恋之引弓(やしま・こいのひきゆみ)

 またまた、太鼓がドドン、と鳴って、狂言回し・金春亭湯之助(こんぱるてい・ゆのすけ)が登場。
「とうざい(東西)、とうざい、本日の題目は屋島恋之引弓(やしま・こいのひきゆみ)でございまあす。
 時は、「1192(イイクニツ)つくろう鎌倉幕府」で有名な、源頼朝が幕府を開くしばらく前のこと。京の都は、「平家にあらずんば人にあらず」、おごれる者そのまんまの平家の武士たちであふれかえっておました。

第1幕 春、平安盛(たいらのやすもり)の寝殿
 神殿の真ん中に主(あるじ)の安盛、まわりに武人が座り、くつろいで春の宴(うたげ)の真っ最中。
「東国では頼朝が鎌倉に政庁まがいのものをつくったというが、たんなる田舎の役場にすぎぬ。われら平氏に背けば、すぐに蹴散らしてしまうだけだ、ワハハ。」
「平氏で一二を争う勇者の安盛様の顔を見れば、すぐに尻尾を巻いて退散しましょうぞ、へへへ。」
 下手には、那須野重高(なすのしげたか)、その子太一、与一がとともに酒を飲んでいる。
 重高は声を潜め、周りに気づかれぬように、
「太一、与一よ。家族が揃って安盛様の宴に出ることができるのも、これが最後と思えよ。」
 太一、与一が、
「心得ております。」「おります」
  重高は続ける。
「安盛様はそうおっしゃるが、頼朝様はなかなか侮れない人と聞く。義経様も頼朝様の仲間に加わり、打倒平氏を叫んでいると聞く。
 与一、分かっておるだろうが、お前だけは縁あって、義経様挙兵の時は、家来として参じることに決めておるのだからな。」
 重高はきわどい話をするが、周りはみな、勝手にワイワイ騒いでいるから、重高一家の話などまったく関心がない。
「承知しております。」
 与一は深く頭を下げる。
 
 重高は昔、与一が少年だった頃を思い出していた。
 地元、那須岳の温泉神社で、ある日、弓の奉納試合があった。
 重高が子供たちを参加させたところ、与一が大人たちを負かせて優勝。たまたまその試合を見に来ていた義経が与一を気に入り、試合後、父重高に「将来、平氏打倒のために立ち上がった際は、ぜひ与一を寄越すよう」依頼したのである。
 重高は、義経の依頼を了解した。彼は先の見える人物だったので、子供の太一、与一、それぞれを平氏、源氏につかせることで、どちらの天下になっても、那須野家一族が続くことを考えたのである。しかし、それは、将来、兄弟が必ず争わなければならない運命にさせることとなるわけだから、兄弟としてはたまったものではない。重高もそれから、物思いにふけることが多くなった。

 そのとき、安盛が、自分の娘、春姫を呼び、舞を舞うように言いつける。
「お春、春はお前の季節じゃ、桜のような見事な舞を見せてくれ。」
 春姫は、恥じらいながらも、舞台にあがり、扇を手に優雅に舞を舞い始めた。
 その姿を与一はじっと見つめる。春姫も与一をちらりと見る。
 与一と春姫は、以前からこのような宴席で顔を合わせていた。そして与一は、春姫を見初め、春姫もまた(凛々しいお方)と感じた。二人は惹かれあっていたのである。
 安盛もまた離れた二人をちらりと見る。彼も二人の気持ちに気づいていたのであった。

第2幕 屋島海岸
 沖では、数百に及ぶ赤旗を掲げた平氏の船がひしめきあっている。海岸では、義経率いる数十の騎馬武者が平氏の船をにらんでいる。
 
 数ヶ月前、木曾の義仲が後白河法王を奉じ5万騎の軍勢を従えて京に迫り、万事休すと、平家一門は幼い安徳天皇を奉りっていうより、むりやり連行して西へ西へと逃避行。安盛や春姫の一家、那須野高、太一親子なども一緒であった。平氏は、四国の屋島に行宮を築く。そこに攻め込んできたのが義経率いる騎馬の奇襲軍団。
 水軍を持つ平氏全軍の一族郎党は慌てて沖に逃れるが、義経軍が意外に少数と分かって、沖から義経軍を取り囲み、矢を射って攻める。義経軍も苦戦して、このとき義経の臣の一人、信夫の佐藤継信が義経の身代わりになって命を落としている。平氏軍も矢が尽きることを嫌い、それ以上攻めない。海岸の源氏、沖の平氏がにらみ合う状態が続いている。

 しばらくすると、平氏の船間から小船が現れた。小舟には、漕手のほかに武士が一人と舳先に美女が一人。美女の横には、金地に赤い日輪が描かれた扇を竿の先に挟んで船縁に立ててある。
  小舟は波間を縫って海岸に近づき、その距離が40間(けん)余り(約70メートル)ばかりなったところで、小舟の武士が源氏軍に向かって叫んだ。
「やあ、やあ、我こそは、平家にその人ありと言われた平安盛。ここにいる女は我が娘春姫である。源氏の方々よ。戦の余興を提じよう。誰か、この扇を狙って矢を射る勇者がおられるか。仕損じて女を射れば、武士として末代までの恥。それを恐れて最初から弓を射らぬとなれば、腰抜けである。勇者となるか、恥をかくか、腰抜けになるか、いずれを選ぶか!」
 この安盛の言葉を聞いて、義経軍にいた与一は愕然とした。もう会うこともないと思った春姫が、小船で的のそばに立っているのである。
 小船は波に揺れて上下する。かのエゲレスのロビンフッドが射止めたリンゴは、静止していたからこそ。この扇の的は波にあわせて不規則にあっちへこっちへ揺れ動いているから、とても射れたものではない。
 義経は、自軍の軍勢を振りかぇって、
 「だれか、名乗り出る者はおらぬか。」
 と聞く。
 騎上の与一はしばし考えた。
(あんな揺れ動く的などあたる分けが無い。仕損じれば、恥辱の問題以前に、春姫を殺してしまうではないか!それができるのは、自分だけかもしれない、よし。)
「私にやらせてください。」
「よし、与一、やれ。」

 与一は海岸から海の中に馬を進めて
「やあ、やあ。我こそは源氏一の弓取り、那須野与一なり。
 人一生において、必ず扇の的に向はざる時あり。我においては今なり。
 心願によって見事的を射てみせようぞ。もし仕損じて春姫を傷つけることあらば、人に再び面をむけることあたわず。ここで腹掻っさばいて果てん。」

 小船の春姫はおどろく。その顔を見た安盛は、与一に向かって、
「よくぞ申した那須野与一、敵ながら天晴れな物言い。もし仕損じれば、その首もらった。仕損じなく見事に的を射れば、この春姫はそなたの妻として進ぜよう。」

 この言葉にびっくりの与一と春姫。
「安盛殿、あい分かった。それではわが腕お見せしましょう。」
 与一はまずます緊張して手がガタガタ震えた。

 しかし、頭を軽くふって静かに息を吸い、弓を大きく引いて目を閉じ、
「天よ、願わくば、あの扇の真ん中に射させたまえ。二人の命を助けんと思し召さば、この矢外させたもうな。」
 目をカッと見開いて、えいっ、と弓を射る。

 矢はビューンと飛んだと思うと、扇の真ん中にバチンとあたり、扇が見事竿から墜ちた。
 固唾を呑んで見守っていた源氏、平氏の両軍はやんやの喝采。

 気丈にも竿の横に凛と立っていた春姫は、緊張がほぐれ、どっと腰を落とす。
 重盛は「さすがは、重高氏(うじ)が自慢するだけあって、与一殿の弓の腕は天下一品じゃ。」とひとりごちたあと、春姫を見て、
「お春、平家の時代はまもなく滅び、源氏の時代が来る。若いお前は与一殿と生き延び、幸せになれ。」
(えっ、)と父を見る春姫の目に涙がどっとあふれた。

  屋島恋之引弓、これにて幕でございます。

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