早乙女貢先生のご逝去
昨年12月23日、敬愛する早乙女貢先生が突然天国に召されました。
早乙女先生は、ボクをペンクラブに推薦頂いた理事で、ペンクラブの集まりに行くと、いつもボクは最後に先生にお話するのを楽しい例としていました。
早乙女先生にお会いすると、いつも笑顔で、ご自身の身の回りのこととか、お付き合いのあった文人の方のお話を少しなさりましたが、そのおおらかなご人格に触れると一週間くらいはなんとなく清清しく、春風そよぐ中にいるようなよい気持ちになりました。
先生はご自身、ご健康で、生まれてこの方入院どころか通院したこともない、風邪も引かない、とおっしゃっておられました。
私はせいぜいこの7,8年の付き合いですが、古くから先生を知り、先生により近い方のお話だと、先生は昨年奥様に先立たれ、お子様もおられなかったために一人で御住まいで、いつのまにか先生の身体に巣くっていた胃ガンが11月頃に発症、急に悪くなったために、ご自身がお電話をかけて救急車を呼ばれたそうです。
それからわずかに1,2ヶ月でお亡くなりになるとは、まことに先生らしい、潔のよい旅立ちであったのですが、ボクとしては、先生を親のようにお慕いしていたので大変残念です。
先生の本名は鐘ケ江秀吉氏、早乙女貢というペンネームはおそらく、ご先祖のご出身である会津の祝い歌である「早乙女唄」にちなんでつけられたのでしょうが、「若い女性に貢ぐ」という意味とも言われています。先生が若い頃は、あまり会津色を出されなかったので、おそらくわざと、自分のペンネームのいわれを、そういう洒落っ気な言い方で言われたのでしょう。
いまだに先生が亡くなられたという実感が沸かず、これからもペンの集まりに行くと「よう、君」と声をかけていただけるような気がしてならないのですが、多くのメディアが先生のご逝去を報じていますので、やっぱり先生は亡くなられたのでしょう。
まさに巨星墜つ、の感がいたします。
先生の霊が天国の神様のもとで平和におられることをお祈りいたします。
次回から、先生を偲ぶものを書きたいと思っています。
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