旅行・地域

秋の学園祭

 昨日は、近所の大学の学園祭を覗いてきました。

 大学は学生数も2、3千人という小さな私立大学で、学園祭も、都心のマンモス大学に比べたらずいぶん小規模のものです。だけど、それなりに、近隣の短大や高校のグループもステージに立ったり、近所の人がフリーマーケットを出展したり、地域ぐるみで学園祭を支えているので好感がもてます。

 ちょうど、ステージでは、軽音のアンサンブルが行われていました。演奏の中でサックスやトロンボーン奏者が、ひとりひとりソロで演奏するセッションもあったのですが、そのたびに、学生の奏者は、ひとりひとり観客にお辞儀をして演奏していて、その都度、観客も拍手を送っていて、なんともいえない暖かい雰囲気に包まれました。

 みんな音楽が好きでやっているのが伝わってきて、そういう音楽とともにある生活はいいものだと思います。

 秋も実りの頃で、ワインの新酒もぼちぼち登場してきました。

 いい季節になったものです。

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難波・八軒家(はちけんや)

 所用があって上方に出張ってきました。

 場所は天満橋、エル・おおさか。環境関係のセミナーを覗くためです。

 天満橋の駅ビルを南に出ると、ビルの間にまじって、趣ある商家が立っていました。

 「永田屋昆布本店」、昆布の佃煮屋さんです。

 その店の前に「八軒家船着場石碑」という小さな碑がありました。

 (ああ、ここが有名な八軒家か)、僕は嬉しくなってお店に入りましたが、店内にも八軒家の昔を描いたいろいろな錦絵が飾られています。

 八軒家は、京から淀川を下って大阪に上陸する際の船着き場、上方の玄関口です。

 十返舎一九の「東海道中膝栗毛」でも「かの弥次郎兵衛喜多八なるもの、ふし見(伏見)の昼船に途中より飛乗して、はやくも大阪の八軒家にいたり、ここより船を揚がりたるは最早たそがれ時にして」とあります。

 昔はこの船着き場に八軒の家が並んでいたということで、八軒家の名前がついたそうです。

 大阪を「なにわ(難波)」ともいいますが、それは、この辺が大昔は内海になっていて、急流が流れ込んでいたからとのこと。八軒家のあたりは、難波津ともよばれていたそうです。

 いってみればここは、難波発祥の地です。

 僕は、永田昆布本店で、名物の「黒潮」を買いました。昆布の佃煮に細かい鰹節がまぶしてあるもの。

 家に帰って温かいご飯にのせて食べたら最高に旨い。いかにも上方の名産でした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%BB%92%E5%AE%B6%E8%88%B9%E7%9D%80%E5%A0%B4

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酒田湊への旅

酒田湊への旅
  酒田は最上川の河口に位置し、江戸時代より庄内米の流通基地として栄えた豊かな街です。
  今回、一泊という短い旅でしたが、酒田に行ってきました。
 旧市街の中心は、酒田駅から徒歩で20分ほど南に下ったところ、川面に明治時代に立てられた豪壮な米の倉庫が映っています。
ちょうど僕が行った時は、日本海からの冷たい横風が吹き渡っていました。
 20数年前の酒田の大火も、この酒田特有の西風によって被害が拡大したようです。
 東西を貫いた商店街のアーケイドの中を炎が商店を焼き尽くしながら竜巻のように走って行ったそうです。まさに悲劇です。その時は、僕も学校経由で義援金を送ったことを思い出しました。
 もちろん、今は防火に配慮したきれいな街並みに生まれ変わっています。
 夜は、仲間と一緒に富重という魚料理が有名なお店に行きました。
 美味しい魚がこれでもかこれでもかと出てきて、僕たちは大満足でした。
 その日の夕方、水揚げされ、本来なら、翌朝、市場に競りに出される新鮮な海老も出てきましたが、本当旨かったなぁ。庄内米の焼おにぎりも美味しかったし。
 酒田の豊さを実感した旅でした。

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大多喜ハーブアイランド

 先日、千葉県大多喜にあるハーブアイランドに行って来ました。

 ここには十数年前にも訪れたことがあります。当時はハーブのブームで観光の方が大勢訪れていました。

 しかし、今はブームも去って、あまり観光客の方はこられず、休日なのに、ハーブ愛好家らしい方が何名ほどかしかいらっしゃいません。

 施設もすっかり歴史を帯びて、歩道に敷き詰められた枕木も朽ちているところが目立って、なかなか経営も厳しいのかなあ、と思ってしまいました。

 ハーブは当時はブームでしたが、今はすっかり一般的になり、近所の園芸店などでも多くの種類のハーブが売られていて、我が家でも狭い庭にラベンダーやローズマリー、レモンバームなどを植えています。

 そのために、わざわざ遠出をしてまでハーブガーデンに行く人は少なくなってしまったのだろうと思います。

 ただ、やっぱり、世の中にはハーブの専門家、専門店は必要です。

 事前に調べたら、ハーブアイランドでは、ペットの散歩も可とのこと。

 さっそく、我が家の愛犬、ジェイを連れて行きました。ジェイは思い切り、ハーブ園の中を走り回っていました。

 ハーブアイランドさんいは、特色をさらに強めて、ぜひ今後もがんばって欲しいですね。

http://www.herbisland.com/

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与一で江戸情緒を味わう

 江戸ではじめて銭湯を始めたのは、伊勢出身の伊勢与一という人物で、天正時代に銭瓶橋(ぜにかめばし、今の日本橋辺)のたもとで開業したといわれています。

 江戸の銭湯は、湯船の湯は膝ほどまでしかがなく、身体はそこから立ち上がる湯気で暖める構造で、今で言う蒸し風呂のようなものだったそうです。

 僕はかねてから、このような江戸風の風呂を経験してみたいと思っていましたが、スパリゾート・ハワイアンズの中の「江戸情話 与一」という大露天風呂の中にある「蒸し風呂」に入ってみて、ここが、おそらく現代において、江戸の銭湯にもっとも近い風情を感じさせる風呂ではないかと思いました。

 ハワイアンズの蒸し風呂は、全体が木づくりで、入り口は茶室のにじり口のような小さな引き戸になっています。

 風呂に入ると薄暗い部屋の真ん中に木枠で覆われた釜があって、そこから湯気が立ち上がっていますが、木枠の上にヨモギなどの薬草が盛られた大ざるが置かれていて、薬効が風呂全体に充満しています。

 つまり、ここは一種の和製ミストサウナで、しかも洋風のサウナでは味わえない柔らかい湯気につつまれるものなのです。

 蒸し風呂から出て、柄杓で冷水を飲み、出入り口にある手打ち蕎麦屋で蕎麦を一枚たぐると、もう江戸にタイムスリップした気持ちになります。

 蕎麦屋の前は小さな市場のように仲店風の出店が並んでいて、平将門の一族といわれる相馬藩伝統の相馬焼きなど味わいのある陶器などが並んでいます。

 店の方々がみな和服で給仕してくれるのも嬉しく、江戸好みの方にはいっぺんで大好きになる空間です。 

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映画「フラガール」の舞台

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 映画「フラガール」の舞台、福島県いわき市にあるスパリゾート・ハワイアンに行って来ました。

 映画「フラガール」は、土地の炭坑・常磐炭坑の廃坑にともなう地域の再興を図るために東洋のハワイ・「常磐ハワイアン・センター」の開発が企図され、町の普通の女性たちが、そのシンボルである「フラ・ガール」になることを決意、苦難を乗り越えてプロとして成長してゆく姿を描いたものです。

 常磐ハワイアンセンターは、昭和41年(1966)オープンで、日本のテーマパーク第一号といってもよい娯楽施設です。ちなみに、僕たちが子供時代、自分の新婚旅行先は「ハワイ」だったとつい口がすべった先生がいて、皆でしつこく聞きただしてみると、それが「常磐ハワイアンセンター」だったことが一度ならずありました。

 現在、「常磐ハワイアン・センター」は、規模を拡大して「スパリゾート・ハワイアンズ」として、東北・関東を中心に、全国から多数の人たちが遊びに来ています。

 「常磐ハワイアン・センター」開設当初からあるのが、当時として日本最大の屋内プール、ウォーター・パークと、フラガールのショウが見られるビーチシアターです。ここには、大きな浮き輪で急流を流れ落ちるスライダーも数種類あります。スライダーは、水の流れと重力だけでスリルを楽しむので、重力に反するジェットコースターよりもよっぽど安全です。

 このウォーター・パークには、幼児専用のトロピカル・ゾーンもあって、パーク全体がちびっ子やファミリーの天国になっています。

 また、ウォーター・パークと同規模の水着着用の温泉施設、スプリング・パークもありますが、こっちの方は、カップルの姿も目立ち、ちょっと大人の雰囲気でした。

 昭和時代の雰囲気を色濃く残すゲームセンターや「お化け屋敷」もありましたが、これはハワイというテーマとはちょっと違いますよね。

 その一方で、アロハ・タウンという、日本ではなかなか手に入らないビンテージ・アロハやムームーなどの専門店も出来ていました。トラッドという視点からは、このような施設が増えて、全体を「ハワイ」というコンセプトにより近づけてもらいたいところです。

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五山の送り火

 京都の夏の最後を飾る行事が、今日の夜行われる五山の送り火です。

 午後8時になると、東山如意が嶽・大文字山の「大」の字から順に、「妙」、「法」、「左大文字」、「舟形」と灯ってゆきます。

 学生時代の僕は、例年、ちょうどこの日に京都に戻り、町衆にまじって五山の送り火を眺めました。

 そして、京都では、この日を境に、「油入り」と呼ばれる真夏の暑さに少しづつ秋の気配が感じられるようになります。

 なぜ「大」の字なのか、「五山」なのか。

 おそらく五行すなわち万物を変化させる五気の「木・火・土・金・水」や、妙法蓮華経などが関係しているのでしょう。特に「大」の字は、僕には、もともとは、陰陽師・安倍清明の桔梗紋、すなわち魔除けである五芒星を表していたようにも思えます。

 ところで、昔は、京都市内の大きなビルの屋上からであれば、この五つの送り火のうち4つまでは見ることができました。

 近年は高層ビルが立て込んできて、4つ見るのも大変難しい状況です。

 その中で、同志社大学の観梅館7階のフランス料理店からは、4つの送り火が見えるそうです。

 フランス料理を堪能しながら送り火を眺めるのも、真夏の京の楽しみと言えるでしょう。 

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大仏煎餅に驚く

Pa0_0005_3  十数年ぶりで奈良に遊びに行きました。

 さっそく、「歴史と伝統」というアイビーの本領を発揮して東大寺を見物。

 大仏さまや南大門の金剛力士の「あ」さんと「ん」さんに再会するのは、それよりも前、高校の修学旅行以来のことです。

 みなさんお変わりなくいらっしゃって一安心。

 当たり前のようですが、文化財は耐震強度が弱いから、いつ大地震に見舞われて変わり果てたお姿になるか分かりません。僕は一期一会が大切だと思っています。

 「アイビー・ボーイ」としては、宿泊先は奈良ホテルといいたいところですが、ちょっと予算が足らず、フジタホテル。だけど、こちらも奈良では老舗で格式あるホテルです。屋上のビアガーデンがノンビリして良かったなあ。アルバイトのボーイ&ガールも純朴だったし。一品500円均一というのも、ホテルにしては秀逸な企画でしたね。

 夜、奈良ホテルのバーに飲みに行きましたが、途中の猿沢の池周辺のお土産屋さんは、修学旅行中の小学生でごったがえしていました。

 お土産屋さんの軒先にB5サイズはあろうかという巨大な大仏煎餅が置いてありました。

 煎餅の表面に焼きゴテで大仏さまの絵が焼き入れられているのですが、大仏さまの鼻の穴が黒々と描かれていてデカく、大仏さまには失礼ながら、思わず吹き出してしまいました。僕が高校の修学旅行で訪れた際にも、これを見つけて驚いた記憶が蘇りました。

 いやー、当時から現在まで随分な時代を経ても全く変わらないのも珍しいなあ。100年後もこのままでいて欲しいと願いました。

 しかし、その時は、奈良ホテルに行く前だったので、このビッグな大仏煎餅は後で買おうと思い、結局、買いそびれてしまってしまいました。皆さまにお見せできず残念です。

 やっぱり、一期一会は大切ですね。

 

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