報道によると、長野の紀元会という神道系(?)の新興宗教団体で、信者の方が集団暴行を受けて亡くなりました。なんでも反省会の中で十数人という多数に殴る蹴るの暴行を受けたようです。
こういう事件が報道されるたびに、僕は、似非(えせ)宗教団体は怖いと思います。
ただし、ここでは、「似非」というのがポイントで、僕は、本当の宗教団体とは似て非なるもの、似せて異なる団体を言っています。
本当の宗教とは何か?
「宗教」の意味を広辞苑で調べると次のように書かれています。
「宗教:神または何らかの超越的絶対者、或いは卑俗なものから分離され禁忌された神聖なものに関する信仰・行事。また、それらの関連的体系」
しかし、この定義だと意味が広がりすぎて、何でも宗教になってしまいます。
現世利益を求めるだけの団体も、それを教祖が「神聖」なものだと言えば、それだけで宗教になってしまいますし、冒頭の宗教団体が販売している「紀元水」の商売も、神聖であるかぎり、立派な宗教になってしまいますね。
おそらくこれは、信仰を持っていない学者が、日本の中で「宗教」を自称しているものをできるだけカバーして定義しようと考えたから、こんな「何でもあり」の定義になってしまったのでしょう。
そこで、伝統と定評のあるホーンビーの英英辞典でreligionを引くと次のようにありました。
Religion : belief in the existence of a supernatural ruling power, the creator and controller of the universe, who has given to man a spiritual nature which continues to exist after the death of the body.
宗教:人間に肉体の死の後に存在し続ける霊的な本質を与える、宇宙の創造者かつ支配者としての超自然的な権威の存在に対する信仰(確信)
これは非常に分かりやすいですね。これこそ宗教の定義です。皆様の中には、非常にキリスト教的な定義だと思われるかも知れませんが、仏教でも死んだら天国へ行くのですから、この定義にあてはまります。
そして、ホーンビーのこの定義であれば、現世利益だけを追求する教団や水の販売会社が隠れ蓑につかう「宗教」は宗教ではなく似非宗教であることがお分かりになると思います。
日本人の中には、「宗教が怖い」という人は多いですが、性急にそう判断するよりも、それ以前に「宗教とは何か」を考えるべきだと思います。
宗教とは、宇宙と世界の創造主である神(あるいは仏)の存在と、人間の死後の霊的な生への確信としての信仰であって、それ以外のなにものでもありません。
長野の紀元会でリンチ殺人が起きたことは、時津風部屋で若力士が殴り殺されたのと同じ構図です。
長野の状況はまだ分かりませんが、時津風部屋では、同質の集団(ほんとうは同質と思い込みたいだけ集団でしょうが)の中で、ある人が異質な行動に出た、それに対して、ほかの構成員がそれを責め立てた。彼らは、異質な行動を取った人を排除しようとしたわけではなかったのでしょうが、そのような行動を取った人の中にある異質な部分を排除しようと考えた。それで「焼きを入れ」、「かわいがり」をして、その人を死に至らしめたのです。
このようなことは、同質的な集団、もしくは団体主義、全体主義で閉鎖的な集団であれば、新興宗教団体や相撲部屋に限らず、どこでも起こりうることでしょう。
それでも、特に、新興宗教の場合には、信者の方が盲目的になることが想像できるので、そんな問題が起きる可能性は高いように思われます。だから僕は閉鎖的な集団とともに「似非宗教は怖い」と考えます。
だからこそ、宗教については、目新しく派手な新興宗教よりも数百年、千年の風雪に耐え抜いた伝統ある世界宗教をまずは研究すべきだと僕は思うのです。
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